• 資料・リンク
  • このHPについて
  • お問い合わせ
  • ブログ
2012年8月19日 05:53  岩瀧寺を愛する会

借景の庭

この夏の岩瀧寺は大賑わいとなりました。7月から8月にかけての15日間はクラブツーリズムの観光バスだけでもざっと50台ばかり。これはたぶん岩瀧寺始まって以来の盛況でしょう。

 夏にふさわしくその名もミステリーツアー。私が興味を覚えたのは、この募集の新聞広告に載った独鈷の滝の写真でした。それはすごい水量の瀧なのです。こういう豪快な瀧は滅多に見られません。そしてあの不思議な光景を見たのも大水の日でした。飛沫のかかる岩壁に細いうなぎが張り付いていました。さて18メートルの直瀑をうなぎはどうして登ったでしょうか? 映像がなくて残念です。

 さて岩瀧寺はただ今大変な改革が進行中です。先ず向山の杉林が伐採されました。この杉林は昭和30年から40年頃の植林ブームで将来の岩瀧寺の財源として植えられたものです。ただ枝打、間伐等の手入れも不充分で「余り物に値無し」と云われる通り用材にはなりません。ただ幸いにもチップ加工の技術開発により全く無駄に廃棄されることは免れました。

 そして無事搬出も終り、あの陰鬱な杉林がすっかり明るくなりました。此処は日照と湧水に恵まれた岩瀧寺には唯一の憩いの場なのでした。又ワラビやタラの芽等の宝庫で、戦後はサツマイモやナンキン等も植わった所です。

 伐採跡には楓や花木が植えられる予定で、楓はすごく成長の早い木なので数年もすれば紅葉も楽しめそうです。

 次に谷川沿いの大径木の杉、桧ですが、これらも殆んど片付きました。ただ残す木の選択に少々手間取っている様です。庭前の楓も今年中には整理され、遅くても来春迄には念願の風景が実現する予定です。

 以上のように改革は順調に進んでいますが、ここでちょっとお断りしておかなければなりません。それはこの事業が観光化と見做され、静かな岩瀧寺こそが望ましいという御意見です。

神戸新聞の特集記事「社寺巡礼」では「新緑の渓谷にひっそり岩瀧寺」と紹介されています。確かに此処は静かな尼寺がよく似合うと思います。私も静かさが好きな一人ですが、そうは云っておれない事情があります。

昭和初期迄は三棟の精神病患者の宿泊費と加持祈祷料、旅館や料亭の貸借料、寺有田の小作料等、相当の収入があったのですが、戦後はそれらがすっかり無くなりました。

言う迄もなく地方寺院は常に廃寺の危険を背負っています。本山が援助するわけもなく、住職の派遣もされることはありません。ですから絶対に必要なのは寺を維持する財源です。 その財源確保の為のやむを得ない開発乃至は変革だと御理解いただきたいのです。

戦後徐々にかくされてきた城山双示峰の借景や如何に? 私はこのミステリックな風景への期待で一杯です。

(小林英哉)

2012年4月28日 06:22  岩瀧寺を愛する会

岩上の桜

 4月11日桜咲いてますよー、と岩瀧寺様の知らせを受け、急遽出かけてきま
した。
 福知山線の沿線は右も左も桜の花模様が延々と続いています。丹波では昔から
川代堤と鐘ヶ坂が有名で、川代は今日もすばらしい車窓風景でしたが、鐘ヶ坂の
方はどうなのでしょうか、数年前通った時は古木が目立ちました。染井吉野は寿
命が短いそうなので名所の変遷も止むを得ないかも知れません。
 さて岩上の桜は何処に? それは香良不動尊の社殿のすぐ横につながる岩壁に
生えています。その岩壁のわずかな隙間に芽生えて樹齢七十数年、今年は護摩堂
の屋根を蔽う見事な花を咲かせました。
 私がこの木の苗を発見したのは小学生の頃、兄と二人で不動尊の掃除をしてい
た時です。引き抜こうとしたのですが傍らの兄が、「抜かんでいいやろ、そのう
ち枯れるわ」と言うのでそのままにしておいたのです。その後この木のことは全
く放念していましたが、この木が一握程の太さになり、数米に枝を伸ばした山桜
と知ったのは三十年も後のことです。更に時が流れ、この木の開花に出逢ったの
は五年前のことで、以来急に成長を早め、今年は護摩堂の屋根をすっぽり蔽う様
に咲き拡がっています。
 この木の根元は地上四米ばかり、二股に分れ岩壁の苔の下をわずかな水分を求
めてようやく地上に達し、その後急速に成長したものと思われます。根の廻りは
各々30センチばかり、完全に露出して幹のように見えます。
 あの時の兄は南方の島で戦病死しましたが、彼の魂がこの木に宿るような気が
してなりません。茫々80年昔話はこの辺で。ではまた、、、

2012年2月 8日 14:06  岩瀧寺を愛する会

独鈷の滝冬景色

 2月4日。今年は異常に寒い立春です。北の方は大雪の便りがしきりです。
 朝、岩瀧寺さんへ電話。「そちら雪降ってませんかぁー」「積もってますよ、庭一面真白でーす。」と竜光尼様の元気なお声が返ってきました。
 早速出掛けることにしました。大阪駅11時11分発「こうのとり7号」はよく空いていました。柏原駅着12時22分、駅前からタクシー。「雪解けたんでっか?」「昨日と今日は良い天気ですっかり溶けました。佐治奥の方はまだ残っているかも知れませんが..」ちょっと不安になりました。車窓に見える十九山、五台山、佐治奥の見透かす山並まで全く雪がありません。ところが香良へ入ったあたりから軒下に雪が見え始め、香良病院から奥は道も真白です。庵主様、疑って御免なさい。
keidai.jpg
 へっぴり腰でようよう辿り着いた岩瀧寺の雪景色は何年振りでしょうか?昔は30センチぐらいはいつも積もっていた記憶があります。
 「昨日はマイナス8度、今日はマイナス4度でした。水道が凍って水が出なくて..」「・・それは大変ですね。」「昨晩は寒くて寝られなくてねー、妹は昨日も一昨日も寝られなくて..」。お察しします、この寺は昔から暖房が効かないんです。
 バックを寺に預け奥の院へ。滝まで2町と云ってましたが.. 多分4~500メートルぐらいかと思います。
takihenomiti.jpg
独鈷の瀧の雪景色、まだら模様ですが、まあ何とか間に合いました。先客が一人、盛んにシャッターを切っています。お恥ずかしいですが、こちらは"コンパクトデジカメ"。本来なら三脚にスローシャッターが基本でしょうとは知りつつ、軽いが一番という歳になってしまいました。
taki.jpg
この瀧の良いところはどんなカメラでもオートでぴったりと入るところ。ただ豪快さは全くありません。近年は水量が少なくなって、更に優雅になりました。高さは五丈三尺と云われていますから、18メートルぐらいでしょうか。昔、浅山一伝斎がこの瀧で修行したと伝えられていますが、今でもこの瀧に打たれる修験者が見られます。瀧直下は平な大きな岩盤で、深さは肩迄と条件が揃っています。
 一度だけこの滝壺が土砂で殆ど埋まったことがありました。それを村の方が大変な努力で取り除かれ、今の深さを保っているのです。この瀧の優美さは滝壺にあり、と私は常々思っているのですが、美しい瀧の条件として、落口からの直瀑であること、周囲の岸壁と緑の深さ、瀧に似合う滝壺の広がり等、加えてその歴史まで、つまり周囲の環境ということでしょうか。
taki2.jpg
瀧の正面右手の石段を登れば不動尊を祀る岩窟です。拝殿の右手から内部に入ることも出来ます。洞内は広さ20㎡程、最奥に不動尊立像が祀られています。正面右手は行者洞で神変大菩薩を祀ります。
fudou.jpg
 護摩堂は現在、戸が閉まっています。以前は2月16日と8月16日がお不動さんのお祭りで、ここで護摩が焚かれました。その頃は護摩堂の外側に50センチ程張り出した欄干があって、そこからの瀧の眺めが絶景でしたが、今は見られなくて残念です。先程のカメラマンはどうやら不二の瀧へ行ったようですが、この雪では危険でしょう。
jizou.jpg
 雪解け道を家族連れやカップル、ひとり旅等、続々と登ってきます。岩瀧寺へ2時過ぎに戻り、お茶をいただき庵主様とよもやま話。柏原駅へはついでがあるからと庵主様が車で送って下さいました。恐縮です。
sikoku88.jpg
「こうのとり18号」発車まで少し時間があるので駅中のレストランへ。「特製猪肉ラーメン」を注文。猪肉は随分久し振り。全く癖がなくて美味しい。ホームの広告に「丹波名物-丹波栗、丹波松茸、丹波猪」とあります。たしか丹波山芋だった筈が猪に変わりました。「猪肉入り丹波山芋のつみれ汁」なんかいかがでしょうか。
 16時6分発特急で大阪着は17時20分でした。岩瀧寺へ行くのも随分便利になりました。皆様も春には是非お出掛けを。
(小林英哉)

















1  2